大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(行ツ)42号 判決

広島市本通四番七号

上告人

戸田千代太郎

右訴訟代理人弁護士

飯田信一

広島市上八丁堀三番一九号

被上告人

広島東税務署長

山根正寿

右指定代理人

児玉一雄

右当事者間の広島高等裁判所昭和四九年(行コ)第六号所得税更正決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五〇年一月二二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人飯田信一の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決の違法をいうか、又は原判決を正解しないでこれを非難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林譲 裁判官 栗本一夫)

(昭和五〇年(行ツ)第四二号 上告人 戸田千代太郎)

上告代理人飯田信一の上告理由

一 原判決には判決に影響を及ぼすこと明な租税特別措置法第三五条の適用を誤つた左の法令の違背がある。

(一) 原判決の援用する一審判決理由二ノ(一)法第三五条の解釈について

租税特別措置法第三五条の「居住用財産の譲渡所得の特別控除」は、その居住の用に供している家屋とともに、その敷地の用に供されている、土地を、譲渡せしめ、未だ居住用家屋を、有しない者に、これを取得させ以つて、住宅増加の政策を、実現しようとするにある。

又当該法条の制定は「居住用財産の、譲渡所得の特別控除」のため税の軽減がなされ、そのため失う利益よりも、居住用財産の譲渡から発生する、住宅政策の利益が大であるとして、税法に政策の手段を求めたものであるから当該法条の解釈適用に当つては常に住宅政策の実現を一義的に考慮してなされるべきである。

然るに原判決は上告人が従前の居住用家屋から新に譲渡家屋に居住し、これを譲渡したことが作為的に自己の、納税額を減少せしめたものであり、社会正義に反するものであるかの如く、主張し、本条の適用はないと言われる。

法に「居住用財産の譲渡所得から一千万円の特別控除」が、あることを、規定したことは、前記のとおり、住宅増加の政策を、実現するため、国民に居住用財産を譲渡しても一千万円の特別控除があるから、税の軽減か得られるものであることを期待せしめると共に、居住用財産の譲渡の欲望を刺激誘発せしめ、ようとするものであることは明白である。

上告人が当該法条の適用を受けるべく譲渡財産に居住し、且つ譲渡して住宅政策に寄与していることは事実であるにも拘らず原判決が殊更に、居住の定義を厳格にし、当該法条の適用を拒否していることは措置法第三五条の基本的精神を、忘れその解釈と適用を誤つたものである。

(二) 譲渡家屋を居往の用に供することについて

原判決は上告人が譲渡家屋を常時起居の用に供していた事実を認めていながらその期間が短期であり、譲渡資産を譲渡した後にはその譲渡家屋に居住することなく再び従前居住していた家屋を居住の用に供したから譲渡家屋の居住は仮住居となり、従つて居住の用に供したことにはならないと矛盾した主張をする。

上告人が譲渡家屋を譲渡直前に常時起居の用に供していた事実を、仮住居であると、主観的に表現したとしても、法に仮住居の場合は特別控除がないとの定めもないから、そのことに拠り、本条の適用を左右することは出来ない。

(三) 居住期間の長短について

原判決は「措置法三五条一項の適用を受けるためには、短期間臨時に、或いは仮住まいとして起居していたというのみでは足らず、真に居住の意思をもつて、客観的にも或る程度の期間継続して譲渡資産を、生活の拠点として、いたことを要するものと解するのが相当である」と判示するが、同法同条同項二号によれば第三二条第一項第一号中、「短期譲渡所得の金額」とあるのは「短期譲渡所得の金額から千万円(短期譲渡所得のうち第三五条第一項の規定に該当する資産の譲渡に係る部分のうち金額が千万円に満たない場合には当該資産の譲渡に係る部分の金額)を控除した金額」とするとあり、短期間保有すればよいのであつて判示の「或る程度の期間継続して譲渡資産を生活の拠点としていたことを要するものではない「或る程度の期間」を超えない居住用財産の短期譲渡所得についても法は一千万円の特別控除の適用を認めているのであり、原判決は同法の解釈を誤つたものである。

(四) 居住の事実と意思について

原判決は上告人が従前居住していた本通りの家屋から譲渡家屋に移り居住したとしても譲渡後は、再び従前の家屋即ち、本通りの家屋に再び居住することを予定し、短期間譲渡家屋を居住の用に供したに過ぎないから譲渡家屋を、真に居住の用に供する意思は見られずこのような居住の意思の伴なわない居住は居住したことに該当しないと判示する、而し乍ら措置法第三五条の「個人がその居住の用に供している家屋……」との規定は譲渡人と譲渡家屋との、対物的利用関係を規定したのみでその利用についての譲渡人の意思については、何等規定するところがない。

従つて譲渡人がその譲渡家屋を居住の用に供していたかどうかを判定する場合譲渡人が譲渡直前にその譲渡家屋を居住の用に供している事実があればそれのみで充分であり、内心の利用に対する意思がどのようであつたかはこの適用に関係がない。

右判示は上告人の居住に対する意思を推測した意思を基準として現実の事実行為即ち、上告人が譲渡直前に譲渡家屋を約五〇日間居住の用に供していた事実を認め乍ら之を無視するものであり独善的法解釈であつて破棄を免れない。

(五) 居住の用に供することの時期の判定について

原判決は上告人が譲渡家屋に起居したとしてもそこにはその以前から起居していた上告人の長男及びその家族が居住しており、従つて上告人が当該譲渡家屋を居住の用に供したことにはならないと判示する。

而し乍ら譲渡人が譲渡家屋を居住の用に供していたかどうかの判定の時期は、法が「個人がその居住の用に供している家屋で政令〔措令第二三条〕で定めるものの譲渡をし、と規定していることから、現に居住の用に供していた家屋であることは勿論その家屋を譲渡した事をいうのであるから譲渡直前に譲渡人が居住していた家屋であるということになる。

従つて居住の用に供していたかどうかの判定時期は譲渡直前である。

自己所有の家屋に所有者が常時起居している場合はその期間の長短を問はず居住しているとされるのが一般的常識となつている。

二つ以上の家屋を有する者が何れの家屋に居住しているかは常時起居している家屋についてそれぞれの起居の間それぞれの家屋について居住しているものと判断することが正当である。

特に措置法三五条は「個人がその居住の用に供している家屋」と規定し、譲渡人のみについての居住を規定していることからすれば譲渡人が同時に二つ以上の家屋に起居することは不可能であるから理論的に右判断に拠らざるを得ない。(扶養家族の居住の用を認める場合は同時に二つ以上の家屋を居住の用に供したとすることも出来るが本条の場合はこの限りでない)

二つ以上の居住用家屋を有しその日の内或は隔日等で交互にそれ等の家屋に起居し譲渡直前について見れば何れの家屋に居住していたか判断が困難な場合は既に法の求める居住用財産の譲渡がなされている以上、措置法の精神に従いその譲渡家屋を居住の用に供していたものとして取扱はれるべきである。

本件の場合は上告人が譲渡直前に於て約五〇日間譲渡家屋に常時起居し、原判決が居住の用に供していたとする、本通りの従前の家屋には、前記の約五〇日間は上告人が起居していなかつたのであるからその判定時期である譲渡直前に上告人が譲渡家屋を居住の用に供していたことは明らかである。

然るに一審二審判決は譲渡家屋を居住の用に供していることについての判定の時期即ち譲渡直前については考慮せず判定の時期の到来以前即ち、上告人が従前の本通りの家屋から譲渡家屋に移る以前の時期から判定の時期とならない譲渡後の時期迄の期間を通じて上告人が譲渡家屋を居住の用に供したかどうかを判定し、上告人がその全期間を通して、本通りの従前の家屋に専住していると判示するが措置法三五条の規定する譲渡家屋の居住の用に供した時期(譲渡直前)を誤つて解釈したものであり且つ譲渡後に上告人が譲渡家屋を居住の用に供し、得ないにも拘らず供し得るものとし、又譲渡の時期に関係のない以前の時期についてその居住の状況を判定し、これを以つて譲渡直前の判定時期に於ける居住の状況に置換えたものであるから違法である。

(六) 譲渡人が居住の用に供して居ることと家族を同居せしめることについて

一審及び二審の判示は上告人が譲渡家屋に起居して居たとしてもそこにはその以前から上告人の長男及びその家族が居住して居り従つて上告人が当該譲渡家屋を居住の用に供した事にならないとしその理由として上告人が当該譲渡家屋の一室を長男から提供を受けその使用を許されていたとし二審の判示では、長男紀秀が「控訴人から無償で借受けて」昭和四〇年三月から家族と共に居住していた等を挙げているか、上告人が長男紀秀に譲渡家屋を無償で使用せしめたことは、紀秀が独立の生計を営むには未だ経済的に充分でないから、基本的に生計に必要な衣食住の内の住の部分について、父である上告人が援助しているのであつて上告人の支配且つ所有する譲渡家屋について何等の権利を有しない長男からその一室の提供を受け起居の用に供したものではないし上告人が自己の所有権を発動し、譲渡家屋の三階部分を上告人と妻ヨシミ及び長男紀秀の家族と共に起居の用に供し或は供せしめたのであつて二審判示の紀秀が上告人から無償で借受けたとの表現は相当でない、当該住宅となつている、譲渡家屋の三階部分は、昭和四〇年三月頃紀秀が結婚したため上告人が改造費を支出し住宅に改造して上告人のもとで居住していた紀秀夫妻を広島市新天地三番一三号から移り、住まわせたもので紀秀の借用申し込みに対し、上告人が貸しつけたものではないし更に二審判決で一審判決の理由を追加補強し、「控訴人夫妻と長男らを併せて一個の世帯と見て、控訴人が長男紀秀らを同居させていたものと解するのは相当でない」と判示するのであるが上告人夫妻を一個の世帯と見、長男紀秀の家族を別個の世帯と見ようとその譲渡家屋の所有者であり、支配者である上告人の当該譲渡家屋の起居の用を妨る何等の理由にもならないのであつて上告人が譲渡家屋を譲渡直前に居住の用に供していた事実を同法第三五条の居住の用に供して居なかつたことにすることは違法である。

(七) 家財の多寡と家屋を居住の用に供することについて

原判決は上告人が居住した譲渡家屋に家財が少なかつたから上告人は譲渡家屋に居住したことにならない、むしろ家財の大部分が存置されていた従前居住の本通りの家屋こそ上告人の居住用家屋になると言い上告人が譲渡家屋に譲渡直前約五〇日間常時起居していた期間についてもその居住を否定する。

このことは家屋を居住の用に供するとはその者が常時その家屋を起居の用に供する人の行為であることを無視したものであり家財は居住する者の生活のために使用される物ではあるがその家財と、その家財の存置される家屋との物と物との関係のみによりその家財を有する者と家財の存置されている家屋との居住という利用関係が発生するものでない家財が存置されている家屋は一応それを利用する者がそこに居住しているのではないかとの推定の前提とはなり得るかも知れないが必ずしもそれを利用する者がその家屋に居住するとは限らないその家財の所有者は便宜上他の家屋に常時起居しその間単にその家屋を倉庫替りに使用する場合もあるのである。

本件の場合は常時起居するに必要な最少限度の家財を従前に居住していた本通りの家屋から譲渡家屋に運び約五〇日間常時起居したものであり家財の多寡は何等家屋を居住の用に供することと関係が無いものであつて原判決はこの点に於ても法の解釈を誤つたものである。

二 原判決には左の理由齟齬があり破棄さるべきである。

原判決の援用する一審判決理由二の(三)(一六丁裏)に於て措置法第三五条一項は譲渡資産に対する居住の動機期間については別段の制限を設けて居ないので居住者が同条項の適用を受ける意図の下に居住した場合であつてもまた居住の期間が長期間にわたる場合でなくてもその事自体は同条項を適用する上の障害にはならないが同項は特別控除について連年の適用を認めず三年間に一度の適用を認めたにとどまるから同条の適用を受けるためには或る程度の期間継続して譲渡資産を生活の拠点として居た事を要するとして上告人の五〇日に及ぶ居住は本条の適用を受けられないと判示し長期間にわたる譲渡でなく即ち短期譲渡でもよいとしながら五〇日ではいけないとなし論理に矛盾がある同条第一項第二号の短期譲渡は何年何月何日以後の取得に係るものの譲渡であつて日を以つて基準とし政令に定める最終の日に取得した不動産の譲渡に係る場合でも適用があるのである。

上告人は本件譲渡の一年前買換資産の譲渡をなし課税の特例に関する規程(昭和三二年三月三一日法律第二六号)(昭和四四年法律第一五号により廃止)の適用を受けて居るが之は本条本項(昭和四四年法律第一五号により追加)の連年適用排除の理由にはならないのにこれを適用しようとしてこのような特別控除連年適用制限の制度の趣旨から或る程度の期間の継続を要するという理由をつけたものであつて理由に齟齬あること明白である。

以上

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